美とはなにか
トーマス・クーンによると、新しいパラダイムが古いパラダイムを凌駕する要素のひとつに、美しい解を提供できる機能の有無を挙げている。この観点には魅かれる。物事の美醜を問うことは、僕自身のテーゼの太い柱になっているが、その原型はどこから来たのだろうか? 来歴を探るためには、美しいと思ったものを思い浮かべればいいのだろうか? 僕が美しいと掛け値なしに思ったのは、辻邦生の『安土往還記』だ。ポルトガルの宣教師を語り手に据えたのは直訳のような硬い文体を採用するための企みを秘めてのことだろうが、戦国時代末期の日本の殺伐とした雰囲気を活写する効果を醸し出している。あとは、言わずと知れた吉川英治『宮本武蔵』である。書かれたのは日中戦争前後のはずだが、骨太の筆致は混沌とした世情を忘却させる力がある。一方で、いわゆる本格ミステリーのもつ「やられた!」感は美しいとは思われない。どうやら、「鮮やかさ」と「美しさ」は僕のなかでちがう価値観らしい。言葉は世界を変えることができる。世界を変えるのは美しい言葉だ。稚拙な論証で今日は終わろう。
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